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ごみ箱とタンポポ

今から20年程まえの事でしたが、ある方が私達夫婦に、ごみが散乱したごみ箱と、その傍に咲いている
たんぽぽを指差して、あなた方には、何が見えますかと問われたことがありました。
私は、即座に「ごみ箱」と答え、相方は「たんぽぽ」と言いました。
同じ光景を眺めていても、こんなに見えるものが違っていることに驚きでした。
いつも自分がこんな傾きで世界を、見ていたことに気がつくのに、その後10年以上
かかりました。
自分の中にこうでなければならない。
こうあるべきが強くあり、他人にもそれを強要してしまう事が
沢山の、残念な出来事の残骸の山を作って来てしまいました。
まわりに愚痴を言わせてしまう事にもなりました。
大変申し訳ない気持ちです。
これからは、ごみ箱もみて、たんぽぽも愛でることのできる豊かなこころを育んで
ゆきたいと思います。

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「もがりの森」をみて思うこと。

ずっと見たかった河瀬直美監督の「もがりの森」を深夜、見ることができました。
私が心に残った言葉は、主人公の新米介護士真千子が仕事がつまずき、
落ち込んでいた時に
先輩の介護士が「誰も何も悪くはない、こうしないかんという事はないよ」
と真千子を慰め励ます言葉でした。
私達は普段、無意識に何が不都合なことや、思い通りにいかないと
その原因を外にみて、すぐに犯人探しをしてしまうことがありますね。
自分にも何か足りなかった事があるのでは・・・と思えたなら
きっと、もっと違う未来があったかもしれないなと考えます。
忍土といわれるのは、そんな思うようにならない人生を、
それを承知で生きなければならないからでしょうか?
河瀬監督はこの映画を通して、いかんともしがたい忍土だからこそ
すべて受け入れて、私達は、それでも忍土を豊かに生きることができる
存在であると、伝えてくれているように思えました。
もがりの森の本来のテーマとははずれてしましましたが、
私には、思っていた以上のすばらしい作品でした。
機会があればぜひ、おすすめの映画ですよ。

奈良町田舎料理「うと。うと」

連休最終日の日曜日に、いつも月ヶ瀬に一緒にお野菜を仕入れに行っている友人達と
遅めのランチに行きました。
このお店は、毎年秋に奈良で開かれる落語会の時に日本で唯一「べちょたれぞうすい」を
食べることができる誰にも教えたくない秘密のご飯屋さんです。
気さくな奥さんと、寡黙でシャイな御主人が、温かくこの日も私達をお迎え下さいました。
ですので、場所は教えられません。
ぜひ、往きたい方は探してみてください。
一つだけヒントを出しておきます。
お店の前の古寺には亡き川島英五さんが眠っておられるお墓があるそうです。

友遠方より来る

先日のミニ同窓会に所用で来れなかった、
小学校時代の友人がさっき茶店を訪ねてくれて、 
50年ぶりの再会を果たすことができました。
同窓会の速報がまわり、この連休を使って東京から実家の
お母さんに会いに来たついでに、どうしても会いたいと元気な、顔をみせてくれました。
不思議なことに50年の時間の壁もなく、互いの近況をどちらともなく、語り合う間に、
二人がお互いの山あり谷ありの人生を、なにも言わずとも受け止めて、
良くぞ御無事でと再会を喜んでいる私たちがおりました。
「ああ幼なじみはいいなあ」こんなに離れていてもすぐに。昔のあのがきの時のように
まっすぐな何の捉われのない友達にもどることができるんやと思いました。
茶店をやっていてよかった。きょうもこんなうれしい出会いができました。

私もあなたと泣いていい

この曲は今からかれこれ40年以上前の、兼田みえこさんというかたの歌の題名です。
大学の浪人中に聞いていた、深夜のラジオ番組の大好きだったパーソナリティの一人でした。
なんで急にこんな話を持ち出したのかというと、
ここのところ連続しておきている痛ましい交通事故のニュースを
みるたびに、私は昨年の冬に交通事故で亡くなっていったいとこの奥さんのことが
心に刻まれているからです。
横断歩道を青信号で渡っていて、前方不注意の車にはねられ、自分で立ち上がったそうですが、
頭部の打ち所が悪かったようで、数日後急変し旅立たれました。
通夜の席で悲しみにうちひしがれた子供たちや親族が、
加害者(30歳位の女性)のことをかなり厳しい言葉で責め、もって行きようのない
怒りをぶつけておられました。
もし、私に家族や大切な友人たちが同じような事故にあい、命まで奪われていたとしたら
きっと、私も同じようにしていただろうと思います。
でも、今はすこしだけ、違うんです。 
どんなに、加害者を責めても失われた大切な命は帰ってはきません。
この事故の時も、ここのところの悲しい大事故の時も私は思うのです。
どなたか一人でいい、事故を起こしてしまい、大きな後悔のさなかにおられる
その方の右手をしっかりと握ってあげてほしいのです。
こんなことをいうと、お叱りを受けるかも知れませんね。
お前に何ができるんや、
きっとおっしゃる通りかもしれません。
しかし、目の前に、とりかえしのつかない事を仕出かしてしまい、途方にくれる友人や家族がいたら
私はそうしたいのです。
一緒にその悲しみを味わいたいのです。
そうして、再び彼らがその苦しみ、悲しみを乗り越えて自分の足で歩き始める時まで
かたわらを一緒に歩ませていただきたいと思います。
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